僕の旅

Republic of Finland

Rovaniemi / Tarja Ryhannen Mitrovic

ボスからのミッションで訪れたのは
湖畔の赤いコテージだった。
部屋の書き置きを見る限り
好きなように使えるらしい。
唯一のルールは「計算をしないこと」
計算ってなんだ?と僕は考える。
部屋には時計もコンピュータも
時の流れを知る術が何も無い。
僕は昇って沈む太陽と
空っぽを知らせる腹を頼りに
しばらくここで暮らすことにした。

 


Swiss Confederation

Matterhorn_2500-2 / Liga_Eglite

我ながら特等席だ。
僕はポケットの中で握りしめた石を
ゆっくりと取り出す。
病床の友に託されたそれは
僕の汗ばんだ掌から放れて
花の傍に転がる。
僕らは並んで山肌を望んだ。
夢中でシャッターを切る僕の横で
彼は黙って風に吹かれている。
一面に広がる黄色の花が
あの人のワンピースのようだと
彼も思うのだろうか。

 


Republic of Indonesia

zenubud bali 1934DXP / Zenubud

「大事な話がある」 そう前置きされるときは、大抵の場合が悪い話だ。
それなのに今日も、僕は随分と早く到着してしまった。
これではまるで、見当違いの期待を膨らませ、嬉々として飛んできたみたいだ。
僕は、君が来るまで店内を見下ろせるラウンジに身を潜めることにした。
君の姿が見えたら、息急き切って駆けつけよう。
こうして僕は、不恰好な姿をさらしながら「大事な話」を待つ。
開店の合図だろうか。深刻とは無縁の、スローな音楽が流れ始めた。

 


Australia

Sand Dunes Wreck Beach South Australia / Jacqui Barker

瞬くことは許されない。
それは涙がこぼれるからだ。
脆ういハートで引き受けるには
この眺めは余りにも大き過ぎて
僕の脈をひどく乱れさせる。
ここで劇中歌でも流れてくれたら
僕は幾らか楽になるのだろうか。

 


Principality of Andorra

www.viajar24h.com-26 / Viajar24h.com

パズルを愛する僕にとって
アンドラの石畳は強敵だ。
大小が適当に散りばめられ
不規則に並んでいるふりをして
実は僅かな隙間も計算ずくだ。
だから石の配列に気を取られて
僕がうっかりつまづいたのも
持っていたオレンジが
誰かの足元に転がったのも
全ては意志を持つ石たちの仕業なのだ。
君が果実を拾い上げる。
どこかで、教会の鐘が鳴った。

 


Kingdom of Cambodia

Dawn at the temple: Ankor Wat at sunrise, Siem Reap, Cambodia / victoriapeckham

相手は電話を切ろうとしなかった。
押し黙る僕の背後に耳を澄まして
辺りの音を探るように息を潜めている。

電話の主に見当はついていた。
それでも僕は万全を期して
黙っていることにした。
幸い、張りつめた朝には
鳥も遠慮がちに囀る。
長い静寂に痺れを切らしたのか
終始無言のまま、通話のランプは消えた。

手中で湿った電話をポケットに
僕は目当ての場所へと向かう。
「だれにもひみつのやくそく」
仲間たちは覚えているのだろうか。

水面を滑る風が愉しげに
アンコール・ワットの輪郭を揺らしている。

 


Czech Republic

Prague Central station / Twang_Dunga

これが映画のシーンなら
列車が出る寸前になって
待ち焦がれた人がやってくる。
そして積年の誤解は解け
ラストの字幕が流れる頃には
決まってハッピー・エンドだ。

そんな空想に賭けてみようと
いくつもの列車を見送る。
駆け寄る誰かの足音に胸を高鳴らせ
振り返るたびに落胆する。
グレーに染まるプラハの駅で
僕は只々、発車のベルを聞く。

 


India

Sun setting over the Presidential Palace, New Delhi / Larry Johnson

何年ぶりだろうか。
雑踏で鉢合わせるには刺激の強すぎる
そんな人に遭遇した。

彼女は相変わらず辛口で、僕を見るなり
少し痩せたことと、無沙汰を批判した。
僕も相変わらず逃げ腰で、夕暮れ時を理由に
早く立ち去ることばかり考えた。

それでも僕は 彼女が嫌いではない。
真っ向から勝負しては悔やむものの
スパイシーな彼女に体温を上げる自分が
ときどき懐かしくなる。

 


sedona

Sedona’s Red Rock / laszlo-photo

あまり多くを語らなかった人は
去った後に色んなことを考えさせる。

君が残した小さな箱には
古い写真の束が入っていた。
でも、僕らを写したものは
ただの一枚もなくて
どこだか判らない路地や
空の写真ばかり。
唯一、赤い岩肌の風景だけが
僕の知っている場所だった。

セドナは呼ばれて行くものだという。
ときには、こんな出発も悪くない。

 


New York

僕が今よりも無鉄砲で
反発心に満ちた若者だった頃
ひとり乗り込んだ
この輝ける大きな街

寂しさにうつむけば
穴の開いたスニーカー
明日を思って天を仰げば
エンパイアが見える

何があっても顔を上げる
それがこの街の流儀だ

 


Dubai

Dubai – Desert Safari – 34 / Kyle Taylor, Dream It. Do It. World Tour

機内で隣に座った老人が
しきりに話しかけてくる。
僕は、うとうとしながら相槌をうち
どちらかというと無愛想に接した。

しばらくすると老人は、夢に出てきた。
彼は白いアラブの服を着て
自信たっぷりに講義をしている。
テーマは「会えない人に会う方法」。
砂漠に寝転んで夜空を仰ぐと
願いが叶うのだという。

僕は砂漠を見るなり駆け出した。
砂だらけになった靴を脱ぎ捨て
褐色に染まりゆく大地で、大の字になる。
この、ためらいのない僕に
星空の君は、気付いてくれるだろうか。

 


Norway

NORWAY / Michael Gwyther-Jones

読み終えたばかりの短篇を閉じる。
デッキの風は思いのほか強くて、人の姿はまばらだ。
視線を感じて振り向くと、10歳ぐらいの少年だった。
手には僕の帽子。いつの間にか飛ばされたらしい。
僕が手をあげると、少年はホッとした顔で駆け寄ってきた。
「ねぇ、それ面白い?」
情けない男の恋愛話だったが、笑顔で彼に渡す。
フィヨルドの夏。今年は、やけに爽やかな風が吹く。

 


Mexico

Cantona, Mexico / RussBowling

何をやっても、上手くいかない。
そんなとき、僕は迷わずこの国を目指す。
乾いた土を踏みしめて、遺跡を望み
古代から吹く風に、全身をさらす。
そして陽気なカンティーナで
勢いよく腹にテキーラを流し込む。
僕の時間が、ゆっくりと逆流する。
ここは僕が、はじまりに戻れる場所だ。

 


United Kingdom

DSC_4844 / Daniel Erkstam

僕のおもちゃ箱には、チェス駒があった。
親父がどういうつもりで、そこに入れたのかは
結局わからないままだったが
その後の人生で、僕が損をしなかったことは確かだ。
僕はミルク色の駒を善人と呼び
漆黒の駒を悪の軍団に見立てて遊んだ。
ロンドンの寄宿舎時代に初めてルールを覚え
しばらくは目を血走らせて朝を迎えた。
勝手に作り上げた駒のイメージが邪魔をすることもあるが
案外それも、相手を惑わす格好の戦略となった。
盤に向かうとき、親父を想う。
瞼の奥には、穏やかなミルク色がちらつく。

 


Kingdom of the Netherlands

Traditional-Windmills-Holland / Bogdan Migulski

本当に妙なもので、同じクラスに居たかさえ定かでない奴でも
異国の地で会うと途端に懐かしく、親しかった気分にさせる。
目の前の彼も、まさに同じことを思っているようで
今にも喋り出しそうな口元で、僕に近づいてくる。
「よう。」 「ああ。」
お互い呼び合う名前を思い出せずに、短い言葉を交わす。
違う誰かの名で呼ばれる虚しさを回避できただけでも、僕等は幸せだった。
むしろ長閑な風景の中で、多くを語るのはナンセンスに思えた。
しかし、名前が出てこない。
僕等は校庭の隅で蓑虫を集めていた頃と同じように
いたずらっ子の眼差しで、それぞれに風車を眺めている。

 


Viet Nam

Early Morning / bgrimmni

思いのほか、静かな朝だった。
夜通し悩んでいたわりに、目覚めは悪くない。
僕は、糊をきかせたシャツにアイロンを当て、
古靴を丹念に磨いてから、部屋を出る。
腹が鳴っても、冷たいミネラルウォーターでしのぐ。
「フォーにするか、バンミーにするか?」
僕はこの国の朝食が、楽しみでたまらない。

 


Canada

train4 / Alan Light

たまには時間をかけるのもいい。
車窓が森の緑に染まり、僕は深く息を吸い込む。
ゆっくりと頁をめくるように、緑は河畔の青になる。
眩しく光る水面が、無防備な僕を照らす。
僕はこの長いレイルで、いつになく素直な旅をする。

 


Philippines

IMG_2006 / Monica’s Dad

怒った君が、海に指輪を投げてから5年。
僕は毎年欠かさず、珊瑚の間を泳ぐ。
紛らわしく光る貝殻に、一喜一憂する。
本当に見つける気はあるのか。
すれ違う魚たちが、ときに大群となって僕を嘲笑う。

 


Belgium

Vault Saint Donat (Heron Belgium) / jucanils

約束の時が迫り、ニューイヤーの鐘が響く。
どこかで歓喜の声があがった。
鳥が幾羽も通り過ぎ、ワロンの空が白み始める。
僕は独りを悟った。
それでも空は、澄みきっている。

 


Phuket

Sunset (not HDR) / Dennis Wong

行先は言わない。電話にも出ない。
時計を見ずに目を覚まし、
果汁の滴るフルーツを口いっぱいに頬張る。
君の顔が浮かんできたら、海に潜る。
飽きるまで白い砂浜を眺める。
そして、暮れゆくこの空の色を何色だろうかと考える。

 


Germany

Ploenlein, Rothenburg ODT, Germany / AbhijeetRane

時計の針音だけが響く夜、僕は準備万端だった。
赤いマントと白髭のせいで、背中にひとすじの汗が伝う。
ぎしりと鳴る床をゆっくり踏んで、子ども部屋に入る。
本当は起きていて、こっそり僕を見ているかもしれない。
クリスマス、僕は結構まともな父親になる。

 


Turkey

Turkish deLIGHT / laszlo-photo

天井からこぼれ落ちそうな眩しい果実に
いつまでも見とれていた少年の日。
僕は、イスタンブールで迷子になった。

 


Hungary

Cobblestones / Megyarsh

チケットを握り締めて、オペラ座への道を急ぐ。
久し振りのネクタイと、磨き上げた革靴。
舞台に立つ彼女に、僕は見えるだろうか。

 


Brazil

Sao Paulo Centro / fran001@yahoo.com

ありったけの服を鞄に押し込んで
僕は部屋を飛び出した。
腹にうごめく後悔を握りつぶし
勇気の炎を灯す。
目指すのは、彼女がいる地球の裏側。
ラテンの血香る、熱狂の聖地だ。

 


Russia

Sunflower / xlibber

たった今、僕は前夜にカーテンを閉めずに眠ったことを悔やんだ。
なぜなら燦燦と降り注ぐ朝の太陽が、僕の瞼を直撃していたから。
目覚ましが鳴らないところをみると、時間はまだ早い。
僕は目を閉じたまま、しばらくじっと遠くを見る。
一面に広がるのは黄金色の風景。びっしりと咲く大きなひまわり。
僕は思わず飛び起きた。「そうだ!ロシアに行こう。」

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